「システムコーチングって何ですか?」

「システムコーチングって何ですか?」

これはシステムコーチングを知らない人から、私がシステムコーチとして、今まで一番よく聞かれた質問です。

シンプルだけど本質的な質問ほど答えるのが難しいですが、この問いもその1つだと思います。

組織や人の関係性を対象にしたシステムコーチング(Organization & Relationship Systems Coaching、以下ORSC〈オースク〉)は、2人以上の関係性すべてを想定したもので、その活用先は多岐にわたります。

コーチング対象としては、営利企業やNPOを始め、家族やパートナーシップ等も含まれます。さらにその目的は、イノベーションの促進や多様性の包含、成果や成長の促進、心理的安全性の回復、葛藤解決など、人の関係性によって左右されうるほぼすべてのことが対象となります。

私は新卒で外資系コンサルティング会社に入社して以来約25年間、さまざまな「改革プロジェクト」に携わってきました。具体的には、日本を代表する大企業の販売物流・工場オペレーションや管理部門のプロセス、情報システムなどの改革をするプロジェクト支援を主にやってきました。そして直近の約7年間は、そこにシステムコーチングの技法を活用し、成果を出してきました。

その過程で気づいたことは、ビジネスリーダーの多くが「組織や人の関係性」の大切さに気づいているにも関わらず、どう対応すべきか分からないこと。また、そのために多くの施策が表面的になってしまっているということでした。

本稿では、「システムコーチングとは何?」という問いへの私なりの答えとして、私が今まで実際に経験してきたプロジェクトリーダーやマネジメントオフィス(通称PMO)の視点から、組織の中でプロジェクトが成功するためには何が必要なのか、そしてORSCの知恵がそこにどう役立つか、実体験を交えてお話したいと思います。

「システム」とは何か?

まず始めに、システムコーチングの”システム”とは何でしょうか?ORSCでいうところの“システム”とは、「共通の目的またはアイデンティティを持ち、相互依存する一連の要素や人から構成されるもの」です。これだけだと分かりにくいので、具体例をお話したいと思います。

ある朝、あなたが電車に乗って出勤している時、同じ車両の中に約30人が乗客として一緒に揺られていたとします。その約30人は、ただ同じ車両に乗っているだけで共通の目的もアイデンティティも持ち合わせていません。ゆえに、ORSCでいうところの”システム”にはあたりません。

train passenger

そこに、何らかの理由で電車が緊急停車したとします。この際、乗客全員が「車両から無事に脱出する」という目的を共有し、相互に協力し合うならば、この乗客たちはORSCでいうところの”システム”になります。共通の目的を持っていることが重要です。

同じように、会社の組織やチームはORSCでいうところの”システム”です。もちろん、企業にて部門横断で立ち上がるプロジェクトチームも、立派なシステムに該当します。

成功したプロジェクトに共通していたこと

では、そのような”システム”の観点から考えて、「プロジェクトが成功するために必要な要素」とは何でしょうか。まずは逆に「プロジェクトが失敗する時の状況」について、PMOやリーダー視点から考えてみたいと思います。

失敗なんてあまり考えたくないことではありますが、成功するためには「失敗から遠ざかること」が賢明だからです。

分かりやすい「失敗」としては、「プロジェクトが途中で頓挫する、または、完了したとしても成果が出ない」といったことがあるかと思います。

それ以外にも、以下のように結果として「失敗」にあたるものも多いのではないでしょうか。

  • プロジェクトのメンバーにやらされ感が漂っていて、どことなく他人事である。
  • プロジェクトとしては多少の成果が出て、「成功」として評価され完了したが、メンバーも自分も「達成感」がなく、後味が悪いままに終わった。
  • プロジェクト完了から数か月後、気づけば元の状況に逆戻りしている気がする。

これらすべてを考慮すると、本当のプロジェクトの成功なんて、ほんの一握りなのかもしれません。私自身以前、自分が関わったプロジェクトのうち「約8割は失敗だったかもしれない」と気づいて驚愕したことがありました

新卒で入社したコンサルティング会社でのキャリアを振り返るため、それまでに関わったプロジェクトを一覧化した時のことでした。
 

何がそれらのプロジェクトの成否を分けたのかを考えてみると、実はコンサルタントとして提供したサービスや助言の品質とはあまり関係ないことが分かりました。

成功したものに共通していたのは、クライアントが自分自身を振り返り、意識が変化し、行動が変容していったという点でした。

私はこのことに気づいた時、「この仕事において意味ある変化を生み出すためには、組織や人の感情的な部分にも手をつけなければならない」と直感し、それを受け入れました。

そしてこの時をきっかけに、パーソナルコーチング・システムコーチングを学び始めたのです。

プロジェクトリーダー・PMOが持っておくと良い視点

引き続き、プロジェクトの成否を分けるようになった要因について考えていきたいと思います。こちらの図にある4象限を元にご説明します。

プロジェクトの成否を分けるようになった四象限の要因

これはケン・ウィルバーの「存在の四つの象限」をベースにアレンジしたものです。

プロジェクトが失敗した時に共通していたのは、これら4つがバランスを欠いていたことでした。よくあるパターンとしては「論理 x 組織(左上)」にフォーカスしすぎている状態です。

例えば、外部からノウハウや仕組み(ベストプラクティスや情報システム等)を導入することを目的とするプロジェクトがあったとします。

そういう時によく起こるのは、「〇〇導入ができれば、△△問題は解決する」という前提ありきになり、そのことが強く共有され、「〇〇導入」そのものが目的となっていくような状況です。

その結果、プロジェクト内で行われるタスクや判断は、「〇〇導入」という目的に照らして効率的であることが中心となり、プロジェクトのメンバーや導入先のユーザーの感情(ヒト)側の視点が軽視されていきます。

そうなると、関わる人々の間に「やらされ感」が生まれ、「〇〇導入」が成功しても“達成感”や“喜び”がない状態が生まれていきます。そして、しばらくするとユーザーの意識行動は元に戻り、問題が再発し、似たようなプロジェクトが再び計画される・・。

このような描写に、既視感を持つ方々も多いのではないでしょうか?

プロジェクトマネジメントに大切なこと

では、どうすればいいのか?

感情(ヒト)側の視点をもってプロジェクトをマネージすればいいのです。

「そんなこと分かっている!」という声が聞こえてきそうですが、一方で、「え、何それ?どういうことですか?」という方も多いのではないでしょうか?何を隠そう、私もかつて、「え、何それ?どういうことですか?」その一人でした。

企業やプロフェッショナル人材の方々にとって、論理(コト)の視点を大切にすることの大切さは広く認識されているのではないでしょうか。

一方で、感情(ヒト)側の視点をもってプロジェクトをマネージするとはどういうことなのか、比較的イメージしづらいかもしれません。

そこで、感情(ヒト)側の視点をもってプロジェクトをマネージするため、私自身よく活用しているORSCの知恵をいくつかご紹介したいと思います。

1.「変化・変革理論」という知恵

一つ目は、マーガレット・ウィートリー博士による「変化・変革理論」です。

「変化・変革理論」の知恵は、システムが変化していくための基本条件として、以下の5つの要素を満たす必要があると教えてくれます。

  1. システムに新しい情報が伝達される必要がある
  2. 個人的に意味が感じられる
  3. 変化・変革に対する共通の目的意識がある
  4. 変化・変革がどのように起こるのかについて、全員が自分の考えを述べる機会がある
  5. 全員が自分の意見がどのように使われ、どのように最終的な決定がされたかを理解している

いかがでしょうか。いわれてみれば当然のようなことでありながらも、実際に2、4、5を大切にする意識があるプロジェクトは少ないのではないでしょうか?そして実際に実行できているプロジェクトともなれば、本当に少数ではないでしょうか?

私自身のリアルを白状すると、コンサルティングファームにいた時は、うっすらと3に気づきながら、他に優先すべき事項が沢山あることを理由に後回し、その後それ自体を忘却する繰り返しでした。4などは想像さえもしていませんでした。

仕方ないのです。だって、限られた時間の中でやるべきことがあって、週次会議などで丁寧に3や4を継続するなんて、物理的に無理なんです(かつての自分の心の声・・。)。

しかし、3や4の優先順位を下げ続けると、
「自分の声を聴かれない」→「プロジェクトと自分の感情的な繋がりが薄れる」
という体験がメンバーの間で積み上がり、
結果として「プロジェクトが他人事になる」可能性が高まるのも事実です。

では、そうなるのを避けるため、具体的にどのようにこれら5つの要素を満たせばいいのでしょうか。たとえば「○○改革プロジェクト」のPMOとしてプロジェクトキックオフを計画するとします。

まずは、プロジェクトメンバーやステークホルダー向けにタウンホールミーティングを開催し、プロジェクトの目的やスコープ、スケジュール、施策内容などを共有します。

さらに、それを受けて社員やメンバーが自分の考えを伝えられる機会(口頭、社内SNS投稿、メール等)を用意するようにします。

そして、意思決定者たちがその声に対してどのような議論をして、どのように最終的な判断がされたかをフィードバックする機会も持ちます。

たとえばミーティングや社内SNS投稿、メールなどを通してその情報提供をしていくのです。
 

このようにして5つの要素すべてを実行していくことが理想です。しかし、実際の現場ではこのように理想どおりにいかないのが現実ですよね。

では次に、上記すべての要素を満たすことが難しい状況にあったとしても、論理(コト)の視点と感情(ヒト)側の視点を両立させるために活用できる、もう一つのORSCの知恵をご紹介したいと思います。

2.「第三の存在」という知恵

二つ目の知恵は、「第三の存在」です。

ORSCには、「システムを構成するメンバーとは別に、システムそのものに実体や場が存在する」という考え方があり、その存在を「第三の存在」と呼んでいます。

例えば、“○○改革プロジェクト”において、プロジェクトのメンバーとは異なる、“○○改革プロジェクトさん”という「第三の存在」があり、そこに知性や感情があると考えるのです。

システムコーチは、この「第三の存在」を常に意識しています。また、システムの関係性が非常に厳しい状況にあるプロジェクトにおいても、私はこの「第三の存在」を常に意識しています。

ORSCのコースでは、システムコーチやリーダーは、その知性からの声を聴く訓練や感情を読む練習をします。これは体験的に学ぶことでしか体得できないORSC特有の知恵なのですが、私の経験では、プロジェクトマネジメントにおいて非常に役に立っています。

どう役立っているかというと、「第三の存在」という視点を持つことで、プロジェクト全体をより網羅的に俯瞰できるようになります。「網羅的」とは、ガントチャートやタスク進捗率のようなマネジメントKPIにおいて「プロジェクトの論理(コト)x 組織」の視点で俯瞰することに加えて、「感情(ヒト)× 組織」の視点でプロジェクトを俯瞰できるということです。
 

先ほどの例でいうと、”「○○改革プロジェクトさん」は今何を感じていて何を必要としているのか”を察知し、プロジェクトリーダー・PMOとしてそれに応じた適切なアクションを検討することができます。

例えば、”「○○改革プロジェクトさん」は、プロジェクトの建付けに疑問を持っていて、プロジェクトワークに集中できていない”と察知します。

その状況を改善するため、「マネジメントからその意思決定の経緯をメンバーに説明する場を企画し、忙しい中でも実施しよう」といったアクションにつなげられます。

これは先の「変化・変革理論」の4の優先度を、状況に応じて上げる判断でもあります。

「○○改革プロジェクトさん」という「第三の存在」の声を意識的に聴くことで、論理(コト)と感情(ヒト)の両方の視点を大切にするプロジェクトマネジメントが可能になってくるのです。

3. そのほか組み合わせ

これら「変化・変革理論」や「第三の存在」の知恵は、組み合わせることで、適用できる対象や文脈がさらに広がっていきます。また他にもたくさんの知恵やツールがORSCにはありますので、それらと組み合わせることもできます。

私がしばしば組み合わせて使っているのは、「システム理論のループ図」です。具体的には、 「システム」で繰り返し起こっている課題を「事象(コト)」「感情(ヒト)」「前提(ビリーフ)」の3つに分け、ループ図にアレンジして見える化します。

実際のところ分かりやすく見える化するのは簡単ではありませんが、うまくいくと「論理(コト)」側の視点に偏ったマネジメントの方に、「感情(ヒト)」がどう影響しているのか、「腹落ち」してもらうことができる強力な組み合わせです。

数少ない「感情(ヒト)× 組織」への打ち手

マネージャーやリーダーとしてビジネスを推進していくためには、ビジネスプロセス・情報システム等のハードの力だけでなく、組織・文化・人・思い等のソフトの力も同時に必要です。別の表現をすれば、前述の4象限の全てが調和して機能する状態を、会社で、職場で、そして現場で創り出すことが必要です。

変化・変革理論とORSC

多くの企業では、個人の知識スキル向上の研修に多額の投資をしてきました(上図①)。

また、MBAが代表するような戦略・戦術の知見や、コンサルティング会社が得意とするオペレーションベストプラクティスや情報システムの導入・人事制度の刷新(上図②)も数多く提供されています。

つまり、論理(コト)側には多くのうち手が既に存在しています

昨今では、パーソナルコーチングに注目が集まり、「感情(ヒト)× 個人」への打ち手も広く知られるようになりました(上図③)。その中で、「感情(ヒト)× 組織」への直接的な打ち手はまだ見えてきていないのではないでしょうか(上図④)?

それもそのはずで、感情(ヒト)の領域は、知識だけでなく経験的に学ぶ必要があり、一人では学べない(生身の人間相手でしか学べない)ため時間がかかります。ゆえに、効率性を基準に優先順位をつける資本主義社会の世界観では、後回しになりがちな領域だからです。

ORSCはまさに「感情(ヒト)× 組織」への打ち手の1つです。直接働きかける体系的な方法としては、もしかしたら現時点で唯一の打ち手かもしれません。

全象限は相互に深く影響しているため、バランス良く働きかけることが非常に重要です。

多くのビジネスリーダーは、「成果に影響を与えている大切な何か」に気づいていきます。しかしそれは同時に、「ビジネスの現場で何となく必要だと感じていたけど、掴みどころがないもの」でもあります。

ORSCの知恵は、組織の中にある関係性・カルチャーと名付けることもできるその「何か」に真剣に向き合うために、ビジネスリーダーが持つべき知恵ではないでしょうか。

将来どうなるか予測が困難なVUCA時代においては、メンバーの主体性がより重要になっています。そんな中で、半ば強制的にリモートワークへ移行している組織にあっては、その重要性はより一層増していると考えます。

CRR Global Japanでは、このようなシステムコーチングをお伝えするため、生身の人間を相手に体験的に学べる環境として、対面での開催にこだわり、失敗しながら学べるコミュニティを創り出す実践コースをとても大切にしています。

システムコーチングを学ぶ『ORSCプログラム』

現場では常に「より戻し(元に戻ってしまう現象)」の力を感じています。例えば、組織メンバーから自分事として生まれた組織変革への願いが、年次経営計画の計画数字作りの作業を優先する中で忘れ去られる等、悔しい経験はしばしばです。

全ては相互に影響し合っています。それゆえ、会社や組織で働く人々がいきいきと働き、同時にしっかりと成果を出して幸せになるためには、4象限すべてが等しく重要であると私は考えています。そしてそのバランスを実現できる立場にあるマネジメント層の方々に(こそ)、広くORSCの知恵を学んで欲しいと強く願っています。

だいぶ長くなってしまいましたが、これをもって、システムコーチングって何ですか?への私なりの回答とさせて頂きます。

最後まで読んでくださってありがとうございました。


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CRR Global Japanではビジネスリーダー向けのコース「ORS@Work for Executives」を開催します。詳しくはHPをご覧ください。

コメント一覧

  • 渡邉芳彦

    この度発刊された、『システム・インスパイアード・リーダーシップ』を読ませていただき、とても感謝、感激している一読者です。この本を読了させていただき、「関連性システムの知性(RSI)」についていろいろ関連情報を学ばせていただいている最中ですが、このページに掲載されている図版について私の中で少し疑問が生じたのでお尋ねする次第です。書籍の中でも、112pに「システムコーチング」についての説明図版が掲載されていますが、この図版との違いについてはどのように理解、解釈すればよろしいでしょうか ? どちらかと言えば、書籍の図版の方が私自身の中ではしっくりきている状態です。「システムコーチング」について学び始めたばかりで大変恐縮ですが、教えてください。

    • CRR Global Japan

      >渡邉芳彦様
      コメントありがとうございます。
      World Workersにあるシステムコーチングを示す図と、システム・インスパイアード・リーダーシップのP.112にある図とは基本的に同じものを示しています。システムの外側から関わる場合はその存在はシステムコーチとなり、組織内のリーダーの場合は、本書の通りシステム・インスパイアード・リーダーになるという違いです。

  • Reverse search phone numbers

    Your writing creates colorful pictures in my mind. I can easily visualize every detail you depict.

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