「社会で子育てをする」社会的養護の現場に、システムという視点をORSCC 上村宏樹

一般社団法人 無憂樹(むゆうじゅ)代表社会的養育研究所 客員研究員
ORSCC上村宏樹 

児童養護施設の現場で心理士やソーシャルワーカーとして働いた後、一般社団法人・無憂樹を立ち上げ、各施設や機関、そして各子どもたちに応じた対応のコンサルテーションなどを行なっている。

一般社団法人・無憂樹代表の上村宏樹です。私は「社会的養護」という虐待やネグレクトなどで子育てが困難となった家庭を対象とした領域に取り組んでいます。さまざまな困難や複雑性を抱える社会的養護の現場に少しでも前向きな雰囲気を生み出すため、2018年10月よりシステムコーチング®の手法を取り入れており、今回は、実際に導入してみて気づいた変化や可能性についてお伝えしたいと思います。

疲弊していく現場を経て

社会的養護とは、「保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと」です。

「保護者に監護させることが適当でない」というのは、その多くの理由が虐待やネグレクトです。経済的理由やその他の理由で施設に入ってくることもありますが、何らかの虐待が判明することも多く、そのほとんどの子が虐待・ネグレクトを受けていると言っても過言ではありません。

子ども虐待相談の統計を国がとり始めた1992年頃から虐待が次第に認知されるようになり、その子どもたちが入所してくる児童養護施設や乳児院などでも、虐待を受けた子どもたちへのケアと自立支援が重要な役割となってきました。

虐待を受けた子どものエネルギーは相当なもので、社会的養護が虐待を受けた子どもを受け入れる施設の中心となり始めた頃は、「重い虐待を受けた子どもが2,3人入るとその施設は崩壊する」といわれるくらい大きなインパクトがありました。当時児童養護施設の現場で心理士として働いていた私は、とにかく毎日奮闘し、夜子どもたちが寝てから(たいてい寝てないのですが)くたくたになって帰り、また呼び出されたり、時には残ったりという日もありました。

そんな中、職員が疲弊してバタバタと辞めていったり、職員同士の関係性が悪くなったり、時には子どもへの不適切な対応がなされたりということが起こりました。今振り返れば、施設内が虐待的なシステムの中に巻き込まれていたようにも思います。

暗中模索の中で行きついた、「システム」というアプローチ

その後、私は施設の現場から大学での研究・人材育成を経て、無憂樹を立ち上げ、施設や機関の研修やコンサルティングを行うようになりました。当初はヒアリングにより子どもへの対応の方針を決め、職員にとっての必要な知識や技術を伝えていく方法を取っていました。トラウマやアタッチメント、そして発達障がいといったことから、性教育、子どもの権利教育、暴力対応など様々ないわゆる「専門技術」をニーズに応じて伝えていきました。

こういった取り組みで落ち着いていくケースもありますが、なかなか改善に結びつかないこともありました。例えば、暴力の問題や性の課題に取り組めば取り組むほど、その問題が増えてきたり、ある子の暴力の問題が収まってくると、今まで暴力をふるってなかった別の子が暴力を振るうようになったりすることがありました。また専門研修を行なったものの翌年にはまったく取り組みが行われていないなどのケースが、特定の施設や機関だけでなくいくつもの現場で見られました。

暗中模索する中で、行き着いたのがシステムへのアプローチでした。
考えてみると、虐待もアタッチメントも、そして発達もシステムです。何より家族もシステムであり、ある意味、養育とはシステムを伝えることでもあります。そう気づく中でふと思い出したのが、「システムコーチング」という言葉でした。以前、「面白そうだな」と思って話を聞いていたのを思い出したのです。それからなんとかORSCC(*1)となり、以下のようなシステム的アプローチをしていきました。

・トラブルや問題を起こした当事者だけではなく、システム全体を扱うこと。
・単に個人が言っているだけではなく、システムの声として聴くこと。
子どもが振るう「暴力」も、システムの声であり、SOSなのであり、それにうまく対応できないのも職員の力量の問題ではなくシステムとしての課題でもあること。
・「あの子が悪い、あの対応が間違っている」ではなく、みんなそれぞれ正しいこと、部分的に正しいこと。
・子どもと担当の関係において、家庭での関係性が投影されていることや、それらの関係性が施設・機関内、あるいは地域との関係の中でフラクタルにみられること。 などなど

そういったことを、システムコーチングの知見やワークを援用して職員と一緒にひも解いていきました。

その傷の痛みに向き合えるよう寄り添えるシステム

そうしていくと、その場に今までと違ったまなざしが出てきて、子どもやその家族へのより深い理解が生まれていきました。そうなることで自分たちもエンパワメントされ、「もう少し頑張ってみよう」「このようにやってみよう」「あれに取り組んでみよう」と前向きな姿勢が生まれてくるようにもなりました。

大変で辛い道を行くことは変わりませんが、それまでの疲弊感や自責の念や無力感といったものとは違った雰囲気が出てきました。そして日々の養育の痛みの中で、笑ったり泣いたり、またちょっと傷つけられたりして、進んだと思ったらまた新たな問題が出てきては下がったりしながらも、みんなで支え合って、少しずつ前にすすむことができるようになっていったのです。

その子たちや家族がずっと経験してきたことや傷つきの深さやその重みを考えると、それを魔術的にあっという間に消したり、あたかもなかったかのように「解決」してしまうようなことはできないのだと思います。「専門テクニック」や「プログラム」だけで対応しようとするのではなく、個人そしてシステムがその傷の痛みに向き合えるよう支え合っていける雰囲気を作っていき、寄り添えるシステムになることが大切なのではないかと思います。

そのためには、システムコーチとして自分自身も痛い思いをたくさんしましたし、まさにSitting in the fire(*2)〜難しい状況の中にとどまり続ける〜 でしたが、それも大事なプロセスの1部なのだと感じています。

やっぱり生まれてきてよかったと思える社会に

私が取り組み続けているのは、社会的養護という虐待やネグレクトなどで子育てが困難となった家庭を対象とした領域で、傷ついている子どもたちが見過ごされたり、大変な家庭が見捨てられたりすることのない社会、また家庭の中や家庭的環境の中で子どもたちが心から笑える社会となることです。そして、本当に大変なことがいろいろあったけど、やっぱり生まれてきてよかったと思える社会になることです。

社会的養護は、社会で子育てをすることだともいわれています。それは家族というシステムを、さらに大きな地域・社会というシステムで支えることでもあり、一人ひとりの意識や想いが大切だと思っています。決してひとりでできることでなく、みんなの関わりや繋がりが必要です。だからこそ、この領域では特にシステムという視点とそのアプローチは欠かせないと感じています。

これからもORSCでの学びを元に、みなさんの協力や学びを得ながら、この社会的養護という領域でシステムコーチングを携えて取り組み続けていきたいと思っています。


(*1)ORSCC: Organization and Relationship Systems Certified Coach
CRR Global 認定 組織と関係性のためのシステムコーチ

(*2)Sitting in the Fire:「Sitting in the Fire: Large Group Transformation Using Conflict and Diversity」アーノルドミンデル博士の著書から引用。


※一般社団法人 無憂樹
https://muyoujyu.com/

※システムコーチングについて
https://crrglobaljapan.com/program/